No.24 9月号

●やっと、秋らしくなってきましたね

時折暑い日もありますが、朝・夕の涼しい風は気持ちをホッとさせますね。
シドニーオリンピックも始まり、これからは運動会や作品展・バザーなどが目白押しでしょうか?
そういう私も幼・小・中の行事で大忙しです。
みなさんが私の家に電話をしてもなかなかつかまらない!とお叱りの声が聞こえてきそうなので、私の携帯電話の番号をお知らせします。
090-****-****です。
また、メールアドレスは、
mwmori@***.*****です。
mwはミッドワイフ=助産婦の意味ですので、それで覚えてください。

——————————————————————————–

●オーストラリアでの妊娠・出産体験記(パート2)

川又さち子さんの体験記です。

病院へ着くと胎児の心電図をとり始めたが、赤ちゃんが眠っているということで、氷の入った冷たい水を飲まされた。ごっくんと飲むと同時に赤ちゃんがむくむくっと動きだした。
助産婦さんが子宮口を診てくれたが、まだ1~2cmという事でいったん自宅に戻る事になった。
「こんなに痛いのに・・・」と少々不満ではあったが、3分間隔になったら来るように言われしぶしぶ戻る事にした。陣痛が痛くてカイロを腰に巻いてみたり、ヨガのポーズをしてみたり、「ひっひっふー」の呼吸をしてみたりしたが、さすってもらうのが一番効果的だった。
夜の11時を過ぎた頃、間隔が3分になったり5分になったりし始めたので病院へ戻る事にした。
その頃はまっすぐに立つ事はできずうずくまったままだった。
結局おしるしは出なかった。
血圧などを測った後に個室に通され、子宮口がある程度開くまで主人と一緒にそこで待った。
陣痛はすでに1分間隔なのに子宮口が開いていないとの理由で分娩室に入った後、ほぼ強制的に人工破水をする事になった。
担当医は破水させた後、隣部屋の患者が生まれそうとのことでそちらに戻った。
破水後、陣痛の間隔が急に短くなり、痛みも前よりずっと強くなったように思われた。
あまりの痛さと恐怖(多分)で体の震えが止まらなくなり、意識ももうろうとしてきた。
自分の体なのにコントロールする事ができず、ただただがくがく震えていたのを覚えている。
そのうちに赤ちゃんが体外に出ようとする急激な腹圧を感じたのでそのことを必死に訴えたら、すでに子宮口は10cmも開いており胎児の頭が見えていた。
破水後の分娩があまりにも急に進んでしまったため、助産婦さんもびっくりしながら準備にとりかかっっていたのを覚えている。
その後も急激な腹圧を抑えることができず、思いっきり腹圧に任せて出産。
夜中の3時06分だった。産んだ時はあまりの開放感で本当に嬉しかった。
これで終わった!!というのが正直な気持ちだった。
しかし、腹圧をうまく抑えることができなかった為、ひどく裂けてしまいかなり縫合しなければならなかった。
その時になってやっと担当医が現れた。
その後、シャワー室に案内されて体を洗い病室に入った。
神経が高ぶっているせいかあまり良く眠れなかった。
翌朝、7時に朝食が運ばれ起こされた。
朝食はコーンフレークにオレンジジュース、冷えたトーストにミルクという質素なものであった。
その後、看護婦さんが娘のセリアを連れて来た。
母児同室と聞かされていたもののこんなにすぐだとは思わなかった。
病院では、基本的に子供の世話は母親がする事、オムツの当て方―病院では自分で用意しない限り布オムツである―と授乳の仕方を教えてもらった。
授乳の方は授乳コンサルタントと呼ばれる専門家が一人一人見てまわり指導してくれる。
うまく授乳出来るようになるまで毎日来てくれる。
初乳は赤ちゃんにとって大事なので搾ってカップにいれて飲ませても良いので、とにかくがんばって搾りだしなさい!というのが病院の姿勢であった。
母親にしてみると疲れてへとへとの上、産んですぐ母乳が出るはずもなく、とにかくあせってしまう。そのうち子供が泣き出して止まらなくなる。
おそるおそる授乳しても赤ちゃん側がうまく吸いつけなかったり母親側がうまくできなかったり。
私の場合もおっぱいが4日目位からやっと張ってきた位で最初は殆ど出ず、ブルーな気分になったものである。夜も赤ちゃんが泣いたりして眠れず、殆どノイローゼになるんじゃぁないかと思った程である。
この国では助けを求めればいくらでも助けてくれる。
しかし、自分で抱え込んで助けを求めたいけど、じっとがまんして言葉に出して言わなければ誰も助けてくれない。
日本人は言わなくてもわかってくれるのではないかと思うが、言葉が絶対的なコミュニケイションの手段であるこの国は「言わなければわからない」のである。
そんなわけで、出産後の病院生活は、4日という短い期間であったけれども私にとっては非常に苦しいものであった。
自宅に戻ってからも、地域内の助産婦さんが毎日訪問して赤ちゃんと母親の傷をチェックしてくれた。
実家の母もオーストラリアまではるばる助けに来てくれた。
オーストラリアでは、日本で言う保健所のようなもので、子供と母親の健康センターと呼ばれる国管轄の施設が地域ごとに設置されている。
そこには資格をもった助産婦が常時待機しており、子供相談や健診などを行っている。
病院を退院すると、病院側から自宅に一番近いセンターを紹介され、赤ちゃんの予防接種、健診など全てそこで行われる事になる。
又、授乳で問題がある場合、育児ノイローゼにかかった場合など専門家が必要な時はそのセンターを通して予約できる。
センターでは、その地域で同じ次期に第一子を産んだ新米ママを集めて赤ちゃん学級を行っている。
毎週1回、2ヶ月に渡って行われるので、終了する頃には皆顔見知りになり友達になってしまうのである。
私もそこに参加したおかげで、自宅の近くに住むセリアと同じ位の赤ちゃんを持つ何人かのお母さんたちとお友達になり本当に嬉しく思っている。
そのお母さんたちとは、パートナーも一緒にバーベキューをしたり、バトミントンを楽しんだり、一緒に散歩したりお茶を飲んだりしている。そのような友人は本当に大切かつ重要だと思う。

これで体験記を終わります。

川又さんありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください